糖尿病性腎症の重症化予防の効果は?神戸市が導入したSIBについても解説
日本では、糖尿病の合併症の一つである「糖尿病性腎症」から人工透析に至るケースが多いことが課題となっており、神戸市も例外ではありません。
現在、国をあげて糖尿病性腎症重症化予防のためのプログラムが行われるなか、神戸市でも民間委託形式の保健指導プログラムを用いた重症化予防の取り組みを実施しました。
この記事では、糖尿病性腎症重症化予防のために神戸市が実施した取り組みについて、詳しく解説していきます。
目次
糖尿病性腎症の重症化予防の効果は?神戸市が導入したSIBについても解説
「糖尿病性腎症」とは
糖尿病を発症しているにもかかわらず治療をせずに放置すると、高血糖の状態が続いてしまうことになります。高血糖が持続すると体のさまざまな部分に障害が起きる「合併症」が出現します。そのうちの一つが「糖尿病性腎症」です。
♦糖尿病性腎症、糖尿病性網膜症、糖尿病性神経障害は「三大合併症」と呼ばれる、代表的な合併症です。高血糖の持続は、さまざまな疾患の引き金となる可能性があります。
高血糖の状態が長く続くと腎臓がダメージを受け、腎臓の機能が低下してしまいます。これが糖尿病性腎症です。腎機能の低下は尿検査や血液検査などで早期に発見することが可能であるため、高血糖を改善することで悪化を阻止できます。しかし、適切な治療を受けずに放置してしまうと、腎機能がさらに低下しさまざまな症状が現れることになります。さらに腎機能の低下が進行してしまうと、末期腎不全の状態に至り透析療法が必要になってしまいます。
糖尿病性腎症重症化予防の効果
糖尿病性腎症により腎機能の低下が進行してしまうと、最終的には腎臓が機能しなくなり生命維持のためには透析療法が必要になります。そのため、糖尿病性腎症を進行させない、つまり重症化を予防することは透析導入に至る方を減少させる効果が期待できるといえるのです。
2019年末時点の透析療法を受けている方の患者数は34万4,640人であると報告されています。そのうち糖尿病を原疾患とする方は最も多い39.1%。糖尿病が透析療法の原疾患第1位となった2011年以降、糖尿病性腎症が原因で透析療法を導入した方の数は上昇していましたが、近年は横ばいとなっています。[*1]
令和元年に行われた厚生労働省による調査では、この10年間で「糖尿病が強く疑われる者」の有意な増加は見られていないとしています。[*2]
このことは、糖尿病性腎症が原因で透析療法を導入した方の数が大きく上昇していないことと関連があると考えられるのではないでしょうか。
神戸市でも透析療法の方のうち約45%が糖尿病治療中の方で、糖尿病を持つ方の0.9%が透析療法を受けていると報告されています。[*3]
以上のことから、糖尿病の発症予防や糖尿病性腎症の重症化を予防することは、年々増加し続けている透析療法を受ける方の数を減少させる可能性があるといえますね。
[*1]神戸市「第2期 神戸市国民健康保険保健事業実施計画(データヘルス計画)概要版」
[*3]一般社団法人日本透析医学会「わが国の慢性透析療法の現況(2019 年 12 月 31 日現在)」
神戸市が実施した重症化予防の取り組みとは?
糖尿病が原因で透析療法に至る方の中には、医療機関で適切な治療を受けていなかったケースも見られました。そのため、糖尿病から透析療法への移行を阻止するためには自治体や健康保険組合などの介入が必要であったと考えられたことから、厚生労働省による「糖尿病性腎症重症化予防プログラム」が実施されています。
神戸市でも同様のケースが課題となっているため、糖尿病の治療を中断されている方に対して受診勧奨や保健指導を行ってきました。また、神戸市の国民健康保険被保険者は、糖尿病から人工透析へ移行される方の割合が多いという現状も報告されています。
そこで今回神戸市は、糖尿病性腎症重症化予防の効果的な保健事業を検討するため、平成29年度から令和元年にかけて、日本初のSIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)を導入した「糖尿病性腎症重症化予防事業」を実施しました。
■SIBとは?
SIB((ソーシャル・インパクト・ボンド)は、国や地方自治体などの行政が、民間に事業を委託し実施させる際に用いられる手法の一つです。委託した事業の目指す「課題」に対応した「成果」があらかじめ設定され、委託した民間事業者への報酬は、成果に連動したものになります。委託された事業者は、資金提供者から調達した資金(投資された資金)を使って事業を行い、成果に応じて資金提供者に利益を還元します。
通常は、行政と委託事業者とが「業務委託契約」を結び、事業者が行ったサービスの成果に関わらずサービスを行うという行為に対して、決まった報酬が支払われます。
つまり、SIBは民間事業者から提供されたサービスそのものに対して報酬が支払われるのではなく、事業行うことで達成したい課題に対する到達率など(成果)に応じて報酬が支払われるということになります。
糖尿病性腎症重症化予防事業の内容
それでは、今回の糖尿病性腎症重症化予防事業の内容を簡単に紹介しましょう。
この事業では、看護師の資格を持つスタッフが電話や面談により約7ヶ月間支援を行いました。主な指導内容は食事療法、運動療法、セルフモニタリング、薬物療法の4分野で、必要に応じて。必要に応じ活動と休息のバランス、ストレスマネジメント、血糖値の管理、フットケアなどの内容を盛り込んでいきます。
神戸市ではこの事業に対する成果目標を以下のように定めました。
- プログラム終了率:80%
- 生活習慣改善率:75%
- 腎機能低下抑制率:80% [*4]
この目標に対する成果がどのくらい果たせたかによって、委託した事業者への報酬が支払われる、ということになるでしょう。
[*4] 神戸市:神戸市におけるSIBを活用した糖尿病性腎症等重症化予防事業 最終評価の公表について
SIBを活用した糖尿病性腎症重症化予防の結果
平成29年度から実施してきた神戸市のSIBを活用した糖尿病性腎症重症化予防事業では、対象者のプログラムの終了率80%、生活習慣改善率75%、腎機能低下抑制率80%を目標として進めてきました。
すでに事業は終了していますが、結果はどうなったのでしょうか。
平成30年に出された中間評価ではプログラム終了率100%、生活習慣改善率95%、平成元年の最終評価では腎機能抑制率が32.9%という結果となりました。[*5]
このような結果となった背景には、対象者として既に受診勧奨などを行っていた重症の方省かれたことや、プログラムへの参加を募る形で実施したため健康意識の比較的高い方が選定されたことがあったのではないかと考えられています。また、最終評価の腎機能抑制率が思うような結果が出なかったことについても、同様の理由であった可能性が示唆されています。
そうはいってもBMIや血圧、中性脂肪の改善や運動習慣などの生活習慣の改善が見られているため、保健指導としての効果は有効なものであったと考えられています。
[*5] 神戸市:神戸市におけるSIBを活用した糖尿病性腎症等重症化予防事業 最終評価の公表について
まとめ
糖尿病の合併症の一つである糖尿病性腎症。糖尿病性腎症が重症化を辿ることで末期腎不全につながり、透析導入に至る可能性があります。透析を受ける方の数は年々増えており、その原疾患として最も多いのが糖尿病です。
国によっても糖尿病性腎症重症化予防の対策が取られるほど深刻な状況は、神戸市でも起こっています。神戸市ではもともと糖尿病性腎症重症化予防として受診勧奨や保健指導を行っていましたが、平成29年に新たな取り組みとして、民間に事業を委託する手法の一つSIBを用いた重症化予防事業を実施しました。
この取り組みは平成元年を持って終了となりましたが、最終的な目標は達成されなかったものの、今後神戸市の糖尿病関連の効果的な事業を進めるにあたり、大いに参考となる取り組みであったと考えられます。
監修:上野尚彦 (上野内科・糖尿病クリニック院長)
日本内科学会認定 総合内科専門医
鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 非常勤講師
日本糖尿病学会 近畿支部評議員
1988年に島根医科大学を卒業後、神戸大学医学部第二内科に入局。神戸大学大学院医学研究科博士号を取得。米国フロリダ大学医学部 博士研究員、神戸海岸病院内科部長などを経て、上野内科・糖尿病クリニックを開院。